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うたかたの記


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ただ、一度の恋。結ばれることのない二人。

巨勢とマリィの出会い、そして別れ。
泡のように儚く、美しく哀しい物語。


『うたかたの記』

マリィ*NOEL 巨勢*桜良


まてどもまてども、あの日に帰る船はない。

 


ご挨拶が遅くなりましたが、
写真展へのご来場ありがとうございました。

海外から取材も頂き、良い経験になりました。

簡単ではありますが、あらすじと共に写真を纏めました。
森鴎外の「うたかたの記」
少しでも興味を持っていただけたらうれしいです。

(すべてを書いてしまうのはつまらないかと思いましたので、いくつかは伏せています。
そちらは実際に読んでいただいた時のお楽しみに)

下記 Read more よりご覧いただけます








1886年
ドイツ・バイエルン王国の首都、ミュンヘン。

日本画学生の巨瀬は、バイエルンにある有名な美術学校へやってくる。

友人のエキステルに連れられ、美術学生の集まる《カフェ・ミネルヴァ》へやってきた巨勢は、
6年前、ドレスデンで一目ぼれをしたすみれ売り、”マリィ”と再会する。










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巨勢は、この少女と目を合わせると、お互いに驚きの表情をあらわにした。






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「ねぇ、エキステル。お連れの方と、こちらにいらして。
 面白いお話をしてくれる方がおりませんの」

「マリィ嬢のお頼みでしたら、喜んで」







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少女の容姿は、初めて逢う人の心を動かすに十分で、
美しい顔つきは、いにしえのヴィーナスの彫像のようだった。








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巨勢は、すみれ売りとの出会いを話す。

「ミュンヘンに来るのは初めてではありません。
 6年前ここに寄り、そしてザクセンに行きました」

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「君は悪いことはしていない。スミレの花の代金を受け取りなさい」


「始めて僕を仰ぎ見た、その顔の美しさ、濃い藍色の目には、
 底知れぬ憂うれいがあり、人知れぬ悲しみがありました。

「少女が驚いて何も言わないうちに、自分はその場を立ち去りましたが
 その顔、その瞳がいつまでも、自分の目に焼きついて消えなかったのです」

巨勢は、その少女の面影が忘れられず、自作の”ロヲレライ”のモデルとしていたのだ。






マリィは顔色を変え、その目は巨勢を見つめていた。
手にした盃は、一度ならず震えていた。

話が終わったとき、少女は尋ねる

「その後、その少女と会ったことは?」

「いいえ。しかし、気を悪くしないで聞いて欲しい。思い出の中の少女にも、
 また自分が描いている”ロヲレライ”の画にも、そのつど見えてくるのは君なんだ」






巨勢は、自分のアトリエにマリィを呼び、彼女への熱い思いを伝える。

キャンバスの前に立つと、今入ってきたばかりの少女に”ロヲレライ”の画を見せた。

「君が楽しげに笑っているときは、それほど思わないのだが、時々示す君の面影が、
この未完成の人物にイメージが一致するときがあるんだ」

そういうと少女は笑った。

「あなたの”ロヲレライ”、すみれを売っていた少女は紛れもなく私です」





「何から話そうかしら。ここの学校でモデルをするときも、ハンスルという名前で通したけれど、本名ではないわ。
 父はスタインバッハといって、今の国王に評価されて、名前の売れた画家をしていました。

 母はバイエルン国王ルードヴィヒ2世に懸想され、
 父は国王の毒牙から妻を守って死に、母も悲しみのあまり後を追うようにして亡くなりました」

「王は狂人となり、スタルンベルヒの湖の近く、
 ベルヒという城に遷うつされたと聞きました、その頃から兆候があったのかもしれません」





「先の戦争の際の王の功績は、昨今の暴政の噂に覆われ、
 陸軍大臣、大蔵大臣が理由なく死刑にされたのは、誰もが知っていることです」

「王は昼寝のとき、たびたび”マリィ”と、うわごとをいうのだとか

 私の母も、”マリィ”というの。私と母はよく似ているのだそうですが、
 その美しさは宮廷内でも及ぶものがいなかったと聞きます」

「望みのない恋は、王の心の病を更に悪化させたのかもしれません」





「父は友人も多く、気前も良く、そして世間には極めて疎うとかったので財産は呼べるものは全くありませんでした。
 その後ダハハウエル街の北部に移り、屋根裏の二階を借りて住んでいましたが、母も病に倒れました。

 年が明けた一月、謝肉祭の頃です。家財衣類も売りつくして、食べてこともままならない状況でした。




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 貧しい子どもの群れに交まじって、私もスミレの花を売ることを覚えました。

 母が亡くなる前の数日、穏やかに過ごせたのはあなたのおかげだわ」





「それから、憐れに思った漁師夫婦が私を娘として育ててくれることになりました。
 ハンスルという名は、その漁師の名前です

 しかし、私には舟の櫂かじを取るほどの体力はなかったので、
 レオニに住む裕福なイギリス人に雇われて家政婦をしていました」

「去年、イギリス人の一家が帰国した後、どこかの貴族のもとで働こうと思ったのですが、
 身分不相応で雇い入れてはもらえませんでした。

 ふとしたことで、この美術学校の教師に見出され、モデルをするようになり、許可証も取れたけど、
 私をスタインバハの娘だと知る人はいません」






それから二人は、スタインベルヒ湖に向かう。

着いたのは夕方の五時。
馬車から見える景色は、丘陵がたちまち開け、ひろびろとした湖水が見えてきた。


「雨が降ってきましたね。幌を掛けましょうか」

「いいえ、結構よ。」

少女は答えると、巨勢に顔を向ける。

「気持ちいいでしょ。むかしここの湖の中で命を失いかけ、そしてここで命拾いをしたの。
 だから、あなたに本当のことを打ち明けるのもここがいいと思ったのよ。

 幼いころ《カッフェ・ロリアン》で受けた辱めから救ってくれたあなたに、
 必ずまた会えると信じてから、もう何年経ったのかしら。

 《ミネルヴァ》であなたの話を聞いたときの私の喜び。

 人生、長くはないのよ。
 うれしいと思ったその一瞬の間に、大きく口をあけて笑っておかないと後悔するもの」



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「今日なの、今日なのよ。昨日ではしかたないわ。明日やあさってでは意味がないのよ」








少女は、桟橋につないだ船を指した。



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「舟を漕いだことはあって?」

「うまいとは言えないけども、君ひとりくらいなら平気さ」


 巨勢は脱いだ上着を少女に被せると小船に乗せ、漕ぎ出した。


 岸辺の木立のはしに、砂地が次第に浅くなり、波打ち際に長椅子があるのが見えた。
 葦の草むらに舟が触れるほど近づくと、人声や足音がして、木々の間を出て行く者がいた。
 身長は180cm近く、黒い外套を着て、手に雨傘を持っていた。
 その左側に少し距離を置いて、ひげも髪も雪のように真っ白な老人がいた。


 少女は驚いて、「あのかたは、国王よ!」と叫びながら立ち上がった。

 岸に立っていたのは、侍医を引き連れて、散歩をしていた国王であった。

 国王は、あやしい幻を見るように恍惚として少女の姿を見ていたが、持っていた傘を投げ捨て、
 「マリィ」と叫びながら岸の浅瀬を渡り近づいて来た。



 少女は、「あっ」と叫び気を失い、傾く小舟から巨勢が助ける間もなく湖に堕ちてしまった。

 湖水は、ゆるやかな勾配で、次第々々に深くなり、小舟のあたりで1.5メートル程の深さである。
 しかし、岸辺の砂は、粘土混じりの泥状態で、王の足は深く沈み、自由に歩くことはできなかった。

 

 一瞬のことだった。



 少女は湖水に堕ち、蘆の間に隠れていた杭に胸を打った。




 気絶して沈みかけた少女を小舟に引き上げると、すぐ先にある漁師夫婦の自宅へと漕ぎ出した。

 日も暮れ岸には木々の枝が生い茂り、
 入り江には葦のあいだに白い花が咲いているのが、夕闇の中にほのかに見えた。

 舟には泥水にまみれの髪がほどけ、藻屑がかかった少女の姿はあまりにも哀れに見えた。




 舟を進めると蛍が驚いて岸に高く飛び去って行っくのが見えたとき、
 マリィの魂が抜け出たのではないかと心痛の思いがした。




 しばらく行くと木陰に隠れた漁師の家の灯火が見えた。

「ハンスルさんのお宅ですか」

 声をかけると傾いた小窓が開き、白髪の老婆が舟を覗き込む

「また水の事故かい。手当てをしましょう、中へ」

 と落ち着いた声で答え窓を閉めようとした。

 巨勢は声を振りたてた。




「水に落ちたのはマリィだ!あなたの娘のマリィだ!」




 老女は聞き終える前に窓を開け放したままで、桟橋のほとりまで走り出て、マリィを家の中に抱きいれた。




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 暖を取るため藁を焚き、介抱したが、少女はついに目を覚ますことはなかった。

 消えると跡形もなくなる泡のような悲しいこの世を、マリィの亡骸の傍らで巨勢と老女は夜を通して語り合った。





 1886年6月13日の夕方7時、バワリア王ルードウィッヒ二世は湖で溺れ、
 年老いた侍医グッテンはこれを助けようとして共に命をおとした。

 美術学校でもこの騒ぎのせいで、巨勢の行方を心に掛けるものは、
 エキステル以外には気づかうものはいなかった。

 6月15日の朝、国王の棺がベルヒ城から真夜中ミュンヘンに移されたのを迎え、
 その帰り美術学校の学生が「カフェ・ミネルバ」に引き上げる時、
 エキステルはもしかしたらと思い、巨勢のアトリエに入ってみた。

 巨勢は憔悴しきり、ローレライの絵の前に跪いていた。




 ハンスルの娘が、同じときに同じ場所で死んだことは、
 誰にも伝えられることもなく、消えていった。



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